揺れる湖はわたしの心

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現在、事務所が非常にお酢くさいです。千鳥酢の一升ボトルをぶちかましてしまったためなのですが、まあお酢なら体にはいいかと思って我慢してます。木曜日にはトイレが詰まり、昨日は伊藤利江さんのお気に入りのブローチを落としたし、今日は千鳥酢…でもトイレはすぐに直ったし、ブローチもバスケットボールをしている体育館から見つかりましたし、お酢の匂いもまあいい匂いです。悪いこともあればいいこともあります。でも今日お店に来られる方は、ちょっとお酢くさいかもしれません。申し訳ないです。

先週からいろいろなことがありすぎて、逆になかなかブログを書けなかったのです。NOBUうどんのノブさんは、なんかあったら前後編でかくで! と仰ってましたが、なんか今回はなかなか自分の中で消化しきれない感じが未だにあって、書いている今でもまだ悶々としています。なんだかまだくすぶっているもの、それは今後の本のあり方についてのことで、先週のiPadの発表やAmazonの作家囲い込みの仕組み(ロイヤリティ70%の代わりにamazonを最安値に、云々)とか、そうしたことに端を発して、なにか伝えていく手段として本というメディアを選んでいるものとしてこれからどういった形で情報発信をしていくのがいいのか、まあそんなようなことです。レコードがCDに、それからダウンロード配信に変わったように、きっと本もデジタル配信が基本になっていく…のかどうかはわかりませんが、僕はもっと多くの人たちが気軽に何かを発信してお金を産む仕組みとして、デジタル配信には賛成なのです。そしてデジタルになることで相対的に「本」の価値は上がると思うのです。配信後に、これは本で持っておきたい、と思う人たちや書店の人たちが、復刊ドットコムのように、出版希望の投票を受け付けて、その人数によって刷る冊数を決めて、定価を決めればいいと思うのです。たとえば10冊仕入れたい、という書店さんが200軒(各都道府県に4軒くらい?)あれば、2,000冊です。2,000も刷れば、価格もそれなりに抑えられるだろうし、資源保護の面でも無駄もありません。書店にもそれぞれの個性が出てくるので、個人商店としての価値もまた復活してくると思います。だって、県に4軒しかないわけやし。なんだか、趣味や嗜好の似た人たちの中だけで完結する、中間搾取のない仕組みが、ツイッターやデジタル配信をうまく使うことで出来るような気がするのです。作家さんへの還元も多くなるはずです。
バイエルを始めてから、作家さんへどうしたらもっと、金銭面も含めて還元が出来るのかなあ、という気持は強くなる一方です。先日、永井さんや豊田さんのブログを楽しみにしている、と書きましたが、もし永井さんや豊田さんが、ブログめんどくさいしお金にならへんし、やーめた、となってしまったら、もうそのブログを読むことは出来ないのです。設計図のあるものは、熟練工の人が例え辞めてしまっても、また別の人の熟練度が増すことでまた生み出すことが出来ますが、個々の作品はそういうわけにはいかないのです。その人が作るのを止めてしまったら、それでおしまいなのです。だから僕は例えば永井さんの日記とか、有料にしてもいいと思うのです。これは完全に今のネットの流れに逆らう動きで、新聞サイトを有料にしたところアクセスは激減した、というニュースを先日も見ました。でも僕はアダルトとか漫画だけでなく、もっとちいさなレベルで課金できる仕組みは絶対にあるほうがいいと今は信じています。お金だけの話ではもちろんないと思うんですが、でもそのお金以上の価値を、僕はあなたのブログにかんじています、っていうアピールとしては一番適切な気もします。とにかく何かを作り出す、という行為に対してのリスペクトをもっと明確にみんな表明しよう! ということと、それをアピールできるインフラ。そういう意味で、iPadには期待をしているし、結局マスメディアが形を変えただけの、残念なものにはなってほしくないなーと願っています。

と、まあいろいろ書いたけど、ほんとのところはわからない。どうしたらいいのか、どうしたいのか、とにかくみんなもっと本を読もうぜ! 展覧会に行こうぜ! いろんな話をもっとしようぜ! 作品作ったり、文章書いたりしようぜ! ということなんですよねー。結局は。何かを作るってことは、自分と向き合わないと出来ないわけで、それは絶対に間違いなく、素晴らしいことです。これは間違いないはず。魂が磨かれるとか、そんなややこしい話でもなく、単純に全員が、趣味でも仕事でもなんでも、なんらかの形で経験しておくべきことのはずです。結局それだけなんやけどなー。明日はもっと軽いブログを書こう。

コメント(3)

nisimoto :

こんにちは。
大変ご無沙汰しています。お二人ともお元気ですか?
という調子でここを見に来たら、お元気そうで良かったです。
(良かった、とはこの場合如何様か。)

本やメディアの在り方のお話ですか?
私自身も本に育てられたように思う部分もあるので、良い本が広く、沢山の人に読んでもらえるような環境に整ってくれればいいなと思います。ブログの課金機能もあるようですが、それって一体何の為の機能?と疑問に思う所でもあります。より多くの知識・意識の共有を目的にするなら、アクセスの制限というのは逆に働く力になるんじゃないんでしょうか。
何のために人は本を読むのか。(本を読むことによって何を得るのか)ということさえ意識されなくなるほどの活字離れだとしたら、作り手の側にも多分改善すべき点はあるんだと思います。

(ああ、重い。スミマセン。)

umeda :

nisimotoさん、こんにちは。
なかなかご連絡できずすいません…なんかバタバタばたばたしてしまって。。あっという間に2月も中旬ですね。。

コメントありがとうございます!
メディアのあり方、というよりは、メディアとの接し方、というほうが近いかもしれません。コンテンツがどんどん無料になっていっている中、お金を生む仕組みが変わりつつあるように思っています。無料の携帯ゲームやSNSで人を集めて、広告収入や課金コンテンツを用意するようなアレです。それが悪いとはいいませんが、コンテンツはタダであるものだ、という認識が出てくる問題のほうが大きいのではないでしょうか。本文にも書きましたが、お金を出すことで自分の好きなメディア(ブログや本など)を守ろうという意識が必要な気がしていて、表現する人、観る人がもっと対等な関係であるのが望ましいのではないでしょうか。
そうでなければ、本に限らず、スケールメリットを出せる大企業の提案するもの(安く、それなりの品質でそれなりのもの)以外には、価値を見いだせない人ばかりの世の中になってしまうんちゃうかなあ、と最近はそんなことばかり考えてしまってます…袋小路なんですけどね。

僕も賛成です。デジタル導入後の図書館の使い方が、知の共有の場として、読み聞かせであったり、ワークショップであったり、何かあの広いスペースの使い道がかわっていけばと思います。

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このページは、beyerが2010年2月 7日 13:37に書いたブログ記事です。

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